ある旅人のインドへ行く理由

インドに行くというと、ほとんどの人に何故と聞かれた。何故インドなのか?そして次に決まって言われるのは、「インドに呼ばれたんだね」という言葉だ。数ある外国の中でも、インドだけは“呼ばれた”人のみが行くらしいのだ。言われてみれば、確かに呼ばれたのかもしれない。でも、私の中ではインド行は強迫観念と言った方がしっくりくる。

昔からインド旅行記はたくさん読んできた。藤原新也の「メメント・モリ」「印度放浪」、ゲッツ板谷の「インド怪人紀行」、さくら剛の対インド人戦闘日記「ふりむけばインディアン」他多数。特に「インド怪人紀行」は何度読んだか分からない。ほとんどのインド旅行記は、ただ旅するだけで、これほど疲れる場所があるのかと戦慄するような内容ばかりだ。だからこそ、他人のインド旅行記を読むのはとても楽しい。しかし、インド旅行記のほとんどは最低1ヶ月以上の長期旅行だった。つまり、サラリーマンである自分には行くことのできない遠い場所というイメージが固まっていた。だから、自分には無縁な場所だと言い訳しながら、他人の苦労話を楽しんで読むことができていたのだ。そんなときに「旅学」2007年11月号のインド特集に出会った。

その巻頭特集では1週間足らずでバラナシまで行って、東京に戻ってくる短い旅行記が記されていた。さらに、旅行者は見事にインドを楽しんでいた。そこから自分への言い訳はできなくなった。一週間の休みなら、なんとか取れる。そうして、何故か、インドは「自分には行けない遠い場所」から「行かなければならない場所」へと変わってしまった。インドに行けるのに、ハワイやフランスに行っている場合ではないだろう。途中で思考の飛躍があった様な気がするが、もう行ってしまったので細かい事を気にするのはやめよう。

そして、虎視眈々と仕事の隙を見つけ、私はインドに行くことになったのだ。


POSTED  2009/10/05

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インド到着初日。ニューデリー、カロルバーグ地区。インドに着いたという実感はまだ、ない。

POSTED  2009/10/05

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夜の10時前だというのに、街は既に暗い。早速数人のインド人に絡まれるが、まだ平気。

POSTED  2009/10/05

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バラナシ行きのインド国内線。インドは準戦時体制の為、鉄道や空港での撮影が禁止されている。この後スチュワーデスに怒られる。

POSTED  2009/10/05

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バラナシ行きのインディアン航空。機内はごく普通。ただ周りの全員がインド人で、機内食がインド料理というだけ。約1時間半のフライト。地上には畑しか見えない。

POSTED  2009/10/05

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行程の近かった日本人OL2人と、時たま行動を共にする。一人の方が気楽だなと思う。

POSTED  2009/10/05

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バラナシ新市街のホテルにチェックイン。早速オートリクシャーで旧市街のガートに向かう。

POSTED  2009/10/04

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リクシャーワラーは痩せた男が多い。安い賃金とハードな肉体労働のせいだ。
きっとガキの頃から自転車を漕いでいたのだろう。そして、老いてもやはりこの街で自転車を漕いでいるのだろう。

POSTED  2009/10/04

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凄まじい排気ガスと土煙、そして過剰なボリュームのクラクションと悪路の振動で10分も乗っていると頭が割れそうに痛くなる。もちろんインド人は文句ひとつ言わない。例え女性であっても。

POSTED  2009/10/04

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いたるところで、武装した警官が眼を光らせている。ムスリムとヒンディーとの対立は予想以上に根深い。そして、インドの警官はインド人にも外国人観光客にとっても味方ではない。

POSTED  2009/10/04
リクシャーワラー

インドに行き、リクシャーワラーを避けて通ることは非常に難しい。リクシャーワラーとは後部に二人乗りのシートを付けた乗り物の運転手の事をさす。ちなみに自転車でシートを引く場合はサイクリクシャー、三輪のオートバイ型になっているのがオートリクシャーである。

ホテル前、交差点、駅前など、人が移動の起点とする場所には必ずリクシャーワラーが鈴なりに並んでいる。そんな場所へ外国人が通りかかれば、映画「ドーン・オブ・ザ・デッド」のゾンビの様にダッシュで襲いかかってくる。そしてあっという間に5,6人のリクシャーワラーに囲まれる事になる。狼狽を悟られないように、なるべくひ弱そうな運転手を見つけて、料金交渉をする。料金は全て交渉制なので、まず目的地を告げて値段を聞く。そしてもちろん、ふっかけられる事になる。初めのうちは相場が分からないので言い値で乗るしかないのだ。

同じ場所を何度も往復していると、だんだん相場が分かってくる。慣れてくれば相手に幾らか聞く前に、こちらから値段を指定することが出来るようになる。さらに慣れてくると、シートで昼寝をしているリクシャーワラーを叩き起こして乗る事を覚える。仕事中に昼寝している様な輩はそもそもあまり商売気がない。英語も話せず、普段は外国人を客にはしていないから安く乗れる。弊害は外国人が泊まる様なホテルの場所を知らない事だ。大体の方向をこちらで意識しながらある程度走らせて、道に迷いそうになったら「分からないなら、友達に聞けよ!」と後ろから怒鳴る。そうすれば、そこら辺の通行人にホテルの場所を聞いてくれる。

リクシャーは決して快適な乗り物ではないが、慣れればこれほど便利な足はない。少し遠い場所にはオートリクシャーで行き、近くに行くにはサイクリクシャーをつかまえる。しかし、個人的にはサイクリクシャーの方が好きだった。オートリクシャーの運転手に比べて、サイクリクシャーの運転手の方が商売気が少なく、何より汗をかきながら自分の体を張って仕事をしているストイックさが背中から感じ取れた。舗装状態が最悪のインドの道で巧妙に地面の凹凸をを避けながら、車、バイク、オートリクシャー、牛、山羊、人の洪水の間を泳いでいく。その速度が気持ちよかった。

POSTED  2009/10/04

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1週間のあいだに一体何人のインド人と喋っただろうか。でもその会話のほとんどは忘れてしまった。

POSTED  2009/10/04
インドで読書1

決して旅慣れていない私にとって、初めての海外一人旅がインドというのはちょっと唐突すぎた。バラナシに入って、ガート付近の喧噪にやられてホテルの部屋に戻ってからは、残りの日数を数えて暗澹たる気分になっていた。部屋を一歩出た瞬間から、誰かインド人がしゃべりかけてくる。初めはそれが面倒でもあった。文字通り遠い異国の地に一人放り込まれ、すこし緊張していたのだ。

ホテルの部屋でシーリングファンを眺めていても仕方ないので、ルームサービスでビール頼み、持参した本を読み耽った。2冊持ってきていたが、まず手に取ったのは「世界は分けてもわからない」だった。分子生物学者であり、美しい文章を綴る作家でもある福岡伸一氏の最新刊である。氏がイタリアで学会に出席した後、作家・須賀敦子の足跡を辿る旅の章がある。インドの安ホテルのベッドの上で読むと不思議な気分になった。本の中に入り込むと、中世ヴェネツィアの小径に佇む高級売春宿へトリップし、気持ちがそちら側に行ってしまうのだが、こちら側である現実に戻ってきても、そこはインドなのだ。どちらも現実ではない様な気がして、フワフワとした気持ちの着地点をうまく見つけることができなかった。


POSTED  2009/10/04

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道路脇にて。きっと車のタイヤでも作るのだろう。

POSTED  2009/10/04

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旅先では絶対に船に乗ることになる。九龍でも、ホーチミンでも、福井県でも。例外はない。

POSTED  2009/10/04

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ガート付近にあるゴードウリャー交差点。かつてどれだけの死者がこの交差点を通過したのだろう。

POSTED  2009/10/04

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多くの日本人にとって、ホームレスは見えない存在だ。しかし、旅の間、折に触れ乞食へバクシーシ(施し)をするインド人の姿を見かけた。ヒンドゥーでは多くの乞食はアンタッチャブル(不可触選民)で、目にするだけで不浄とされるのにだ。多くの矛盾が横たわっているヒンドゥー教徒の信仰心は私が想像するよりもはるかに深く複雑だ。

POSTED  2009/10/04

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インド人しか見当たらない狭い道。この後、学生を騙る若い男に狭い路地裏に連れ込まれる。3分も歩けば最早自分の居場所が分からなくなった。

POSTED  2009/10/04

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ダーシャシュワメードガートへ続く道。いよいよ、ガンジス河はすぐそこだ。

POSTED  2009/10/04

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街中にある巨大スピーカーから流れる宗教音楽、腐敗した悪臭、しつこい客引き、砂煙、けばけばしい看板、けんか腰に聞こえるヒンドゥー語によって五感の全てを麻痺させられていて、ガートについても感慨はなかった。

POSTED  2009/10/04

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理由は分からないがガンジス河は、何も考えずに眺めていたくなる場所だ。この女性と会うことはもう無いだろう。しかし、確かにこの時、私たちは同じ場所で、同じものを眺めていた。

POSTED  2009/10/04

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シヴァ神を描いた有名な給水塔。このどぶ水をさらって、どこに給水するというのか。

POSTED  2009/10/04

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朝五時半過ぎのガート。素焼きの陶器に入った熱いチャイをすすりながら、ボートの出発を待つ。

POSTED  2009/10/04

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ガンガー。全部が混ざってぐちゃぐちゃだった。
半ば犯される様に感動させられた。

POSTED  2009/10/04

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全ての罪を洗い流してくれるという灯籠。たった10ルピーの浄罪。
でも、インド人は心から信じている。信仰心を持たない私だが、ひとつの灯籠をガンガ-に流した。

POSTED  2009/10/04

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聖地のど真ん中。異教徒を満載して、ボートは出航する。

POSTED  2009/10/04

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3000年以上前から聖地であり続けた世界最古の街バラナシ。ガンジス河沿いには無数のガートが立ち並ぶ。その一つ一つに歴史があり、物語がある。

POSTED  2009/10/04

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泳ぐ人たち。
沐浴、シャンプー、歯磨き、ひげ剃り、用足し、炊事、洗濯。生活と信仰の全てをガンガ-が飲み込んでいた。

POSTED  2009/10/04

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対岸から朝陽が上る。言葉は出てこなかった。

POSTED  2009/10/04

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無数のトンビが上空を旋回する。人の肉を喰らって丸々と太っている。

POSTED  2009/10/04

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どこでも商魂たくましいインド人。稼げよ。

POSTED  2009/10/04

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ボートはガート沿いに上流へ上り、Uターンしてマニカルニカーガートへ下る。未だに薪を使って死者を焼く場所だ。写真撮影は厳禁。辺り一面、人を燃やしたすすで真っ黒になり、他のガートと比べても異様な雰囲気を醸し出していた。

POSTED  2009/10/04

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バラナシ・ヒンドゥー大学構内にある寺院。少しインドに疲れてきた。

POSTED  2009/10/04

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バラナシからアグラへ向かう寝台列車。深夜、狭いベッドで毛布にくるまれ、窓の外を眺める。窓の外には真っ暗なインドの大平原が延々と続く。そして時々思い出した様に人家の灯りが通りすぎる。その灯りの残像を眺めていたら何故か涙が流れた。世界にはまだ手つかずの場所がきちんとあるのだ。写真は朝6時過ぎ。窓から見た朝陽。

POSTED  2009/10/04

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タージマハル。ただの観光地。観光客慣れした街の人々の対応に、少し気持ちが荒んでいた。見たい人だけ見ればいいと思った。

POSTED  2009/10/04

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英語をしゃべれない青年たち。会話は続かなかった。

POSTED  2009/10/04

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ファテープル・シークリー。アグラから車で2時間走った平原のど真ん中に突然現れる古代のお城。その日は偶然にも年に一度のムスリムの祭りが開かれていた。

POSTED  2009/10/04

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水不足の為、わずか14年でうち捨てられた廃墟のお城という。静かな場所に行きたいと思っていたのだが、その日に限っては期待は外れた。

POSTED  2009/10/04

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人力観覧車が回り、子供がはしゃぐ。そういえば、観覧車に乗ろうという発想はなかった。外国人の姿は自分以外見当たらない。ガキ共にチーニーと野次られる。中国人と間違われている。他の場所では無かった事だ。中印戦争時のプロパガンダの所為でインド人の対中感情は非常に悪い。子供たちの態度にもどことなく険がある。

POSTED  2009/10/04
うち捨てられた都と幻想譚

アグラ2日目、午後からタクシーをチャーターして郊外にあるファテープシークリ-へ向かった。ずっと昔、大平原のど真ん中に建設された巨大な城だ。水不足の為結局14年でうち捨てられた姿のまま現代まで残る幻の都である。まるでおとぎ話の様だ。

車に揺られて郊外の一本道を2時間走る。静かな場所をイメージしていたが、到着した先は予想に反して喧噪の渦だった。道中、一人でも狭いと感じるのに、8人が乗り込んでいるオートリクシャーを追い越したり、天井まで人がぎっしり乗っているバスを見かけたりしていたのだが、皆ファテープシークリーへ向かっていたのだ。城の1.5km手前の駐車場で降ろされ、後はリクシャーで行けとドライバーに言われる。

言われた通り、オートリクシャーに乗り込み城へ向かう。その間中、助手席に乗り込んだ少年が自分は政府公認のガイドだから、ガイドをさせろとセールスしてくる。お前がガバメント公認のガイドだというのは理解した。でも俺はガイドブックを持ってるから、キミのガイドは要らないと説明する。すると、ガイドブックは喋らない。俺は喋ってガイドしてやるぞと畳みかけてくる。中々頭のキレる少年だと感じる。最後にはこちらの意志を尊重して、少年は諦めてくれた。そして、別れ際に「今日はムスリムの特別なお祭りだから中はエラいことになってるよ。財布には気をつけて!」とアドバイスを貰う。商売抜きのアドバイスだった。

お城まで残り数百メートルを歩いていると、次々と自称ガイド達が手を引っ張ってくる。ブッキングオフィスは何処だと聞くと、明らかに違う場所に連れて行かれそうになったりしながらようやく自力で城門へ到着する。そして、そこは今まで体験したことが無いくらいのカオス状態だった。

一番混雑する時間帯の満員電車の様に人が密集していて、全く前へ進めない。通り沿いには出店や屋台が軒を連ね得体の知れない楽しげな物を売っている。無秩序に人力観覧車が設置され、頭の上で子供達が嬌声を上げている。すれ違う人全てが興味深そうに私の顔をのぞき込んでくる。中には罵声を浴びせてくる若者達も少なくない。そして所かまわず設置されたトラックのタイヤほどある巨大拡声器からは破滅的なビートに乗せたコーランの朗読とアジ演説が爆音で垂れ流され、人々のアドレナリンをドバドバ分泌している。アッラーフアクバール!何もかもが過剰だった。外国人の姿は全く見当たらなかった。なんだかおかしくなってきた。おとぎ話の様な平原の巨大建造物の真ん中で、自分の置かれた状況に笑うしか他なかった。

一時間滞在した後で歩いて30分かけて駐車場へ戻った。途中でインド版の暴走族の様なものに出会う。もうクタクタだった。さっさとエアコンの効いた車に乗り込みたかった。しかし、車を探そうと広い駐車場を一周したが、自分が乗ってきた車を見つける事ができなかった。不覚にも車のナンバーを控えるのを忘れていた。おまけに車がランクルだった事以外、色さえも覚えていなかった。ちなみに駐車している車の半分は似たようなランクルである。まずい事に、ドライバーにお金は事前に支払っている。ヤバい。さらに一周するがやはりそれらしい車を見つけることができなかった。

駐車場の入り口で呆然と立ち尽くした。そうこうしている間にもインド人満載のバスやトラックがどんどんやってきて、目の前では渋滞が発生している。それら全ての車が、心臓が止まるくらいのでかい音でクラクションを鳴らし続けている。街まで2時間、どうやって帰ろうかと段取りを考えていると目眩がしてきた。強い日差しが容赦なく照りつけてくる。あてもなく、沿道を歩き出した。突然足下がぐにゃりとなり、視界が揺れた。足下を見ると牛の糞を踏んづけていた。チクショー。

その時、見知った顔が通りの向こうから走り寄ってきた。城へ向かうオートリクシャーに乗り込んできたガバメント公認ガイドの少年だ。彼はお城はどうだった?と聞きながら、別の駐車場へ案内してくれた。そこで、私の雇ったドライバーがのんびりと煙草をくゆらせていた。もちろんお金を要求する事はなく、少年ガイドは爽やかに手をふって、来た道を走って戻っていった。

車は来た道と同じ一本道を引き返していく。途中で、私の乗った車は手こぎの車いすに乗った老人を追い越した。大八車の様な荷台に胡座をかいて座り、ハンドルを回すと少しだけ前に進む車いすである。街まではまだ車でも1時間以上ある。彼の道のりを考えると気が遠くなった。でも、そういう現実を一向に気にしている様子はなかった。

道の両サイドには果てしないさとうきび畑の平原が広がっている。ずっと同じ風景である。時折、農作業をする色とりどりのサリーを身にまとった女性達が見えた。大平原のど真ん中で彼女たちは黙々とさとうきびを収穫していた。黄色や水色やピンク色のサリーが風に揺れて太陽の光を透過して光っていた。それはとても、とても美しい光景だった。

きっと電気も水道も来ていないであろう場所に、根を降ろして暮らしていくという事。インターネットどころか、テレビさえないかもしれない。私たち日本人が慣れきった娯楽の類なんて何もないだろう。ふと、そこで暮らす自分を想像した。サリーを着た美しいインド娘と結婚し、太陽が昇れば起き出して、井戸で水を汲み、子供をあやし、さとうきびを刈り、暑い日中は昼寝をする。夜は月明かりに照らされながら静かなセックスをして眠りに就く。そんな毎日はもちろん幻想だ。しかし、世界には幻想を否定できないだけの可能性がまだちゃんと残されている。


POSTED  2009/10/04

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ひと、ひと、ひと。満員電車のような状態。激しく音の割れた巨大な拡声器からはコーランの朗読が暴力的なビートに乗せて鳴っている。そこだけ中東のような雰囲気で不穏な空気が漂っている。招待されていないパーティーに紛れ込んだ様だ。なんだか夢の中に居るようで笑えてきた。

POSTED  2009/10/04

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アグラからデリーへ向かう特急列車を待つ。どのホームのどの場所に自分の乗る車両が入ってくるのか理解不能だった。赤服のポーターに50ルピー払ってシートへのエスコートを頼む。

POSTED  2009/10/04

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監獄のように不気味な車内。無数のゴキブリが座席を這っていた。3時間半はあっという間だった。いよいよ旅が終わる。

POSTED  2009/10/04